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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)103号 判決

上告人

特許庁長官

島田春樹

右指定代理人

柳川俊一

外九名

被上告人

株式会社ダイエー

右代表者

中内功

右訴訟代理人

小野昌延

吉元徹也

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

別紙目録一記載の商標登録出願に関する商標登録異議手続受継の申立ての不受理処分の取消を求める部分につき本件訴を却下する。

被上告人のその余の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

職権をもつて調査するに、原審が適法に確定したところによれば、本件商標登録出願のうち別紙目録一記載の出願については、既に商標登録査定がされて審査手続は終了し、商標権設定の登録がされたというのであるから、被上告人の本件訴のうち右出願に関する商標登録異議手続受継の申立ての不受理処分の取消を求める部分は、その法律上の利益を失うに至ったものと解するのが相当である。そうすると、本件訴のうち右請求部分を適法として本案について判断した原判決には、法令の解釈、適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中右請求に関する部分を破棄して第一審判決を取り消し、右部分について本件訴を却下すべきである。

上告代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同岩渕正紀、同古川悌二、同鎌田泰輝、同小澤義彦、同飯塚実、同新関勝郎、同村岡好隆、同蔵持安治の上告理由について

商標法一七条の規定によつて準用される特許法五五条の定める商標登録異議制度については、異議申立ての当否につき申立てにより証拠調べ又は証拠保全をすることができるものとされ、また、その手続についても当事者の対立構造を前提とした民事訴訟法の規定が多く準用されている(商標法一七条、特許法五九条、一五〇条、一五一条参照)ことなどに鑑みれば、これを異議申立人の経済的利益の擁護、救済を趣旨としたものと解する余地があるかのようであるが、他方、商標法一七条、特許法五五条一項の規定により異議申立ては何人でもすることができるものとされていることに徴すると、結局、右制度は、利害関係の有無にかかわらず何人でも異議の申立てができるものとすることによつて、商標登録出願の審査の過誤を排除し、その適正を期するという公益的見地から設けられたものであつて、異議申立人たる会社が合併によつて消滅したときは、それによつて異議申立ては失効し、異議申立人たる地位が合併後存続する会社に承継される余地はないものと解するのが相当である。そうすると、本件商標登録出願につき異議の申立てをしていた訴外株式会社主婦の店ダイエーを吸収合併した被上告人が合併によつて異議申立人たる地位を承継したものと判断した原判決には法令の解釈、適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決中、本件商標登録出願のうち別紙目録二記載の出願に関する商標登録異議手続受継の申立ての不受理処分の取消請求に関する部分は、破棄を免れない。

そこで、更に、原審が適法に確定した事実に基づき別紙目録二記載の商標登録出願に関する商標登録異議手続受継の申立ての不受理処分の取消を求める部分の被上告人の請求の当否について判断すると、上告人のした右不受理処分の通知書には異議申立人たる地位の承継は認められないとの理由が附記されていたというのであるから、このような場合に必要とされる理由の附記として欠けるところはなく、また、右の理由をもつてされた右不受理処分を違法ということができないことは前記説示に照らして明らかである。そうすると、被上告人の右請求は理由がないから、これを認容した第一審判決を取り消して、右請求を棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 鹽野宜慶 宮﨑梧一 塚本重頼)

目録

一 昭和四二年商標登録願第一四一一〇号、同第一四一一一号、同第一四一一三号、同第一二九三四号、同第一九九五三号、同第一九九五四号、同第一九九五六号、同第一九九六五号、同第一九九六七号、同第一九九七〇号、同第一九九七二号、同第一九九七三号

二 昭和四二年商標登録願第一四一〇九号、同第一四一一四号、同第一九九五二号、同第一九九六四号、同第一九九六八号、同第一九九六九号、同第一九九七四号

上告人指定代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同岩渕正紀、同古川悌二、同鎌田泰輝、同小澤義彦、同飯塚実、同新関勝郎、同村岡好隆、同蔵持安治の上告理由

原判決には、以下に述べるとおり、商標法一七条で準用する特許法五五条ないし六一条及び商標法七七条二項で準用する特許法二四条の解釈を誤つた違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原判決は、一方で、商標登録異議申立制度(以下「異議申立制度」あるいは「異議申立て」と略称する。)が、審査に関する情報の提供によつて登録査定における過誤を排除するという公益的見地から設けられたものであるとの正当な理解に立ちながら、他方において、商標法一七条、特許法五五条ないし六一条が、異議手続について、当事者間の対立的構造を踏まえた詳細な規定を設けていることに照らすと、あわせて、出願に係る商標が登録されることにより影響を受ける者が、自己の利益を擁護するため登録を阻止する一手段として利用することができるためにも設けられたものと解されるとした上で、異議申立人の地位たる異議申立権は、一身専属的なものとみるべき根拠はなく、包括承継の対象となる旨判示している。

しかしながら、右判示は、商標権設定登録前の審査手続の一環としての異議申立制度の趣旨、目的を誤つて解したことに基づくものである。すなわち、異議申立制度は、もつぱら前記のような公益的見地から設けられたものであつて、異議申立人の地位は、あくまで一身専属的なものであり、譲渡等特定承継の対象となり得ないことはもちろん、包括承継の対象ともならないと解すべきである。その理由は以下に述べるとおりである。

二、商標法一七条で準用する特許法五五条一項は「出願公告があつたときは、何人も、その日から二月以内に、特許庁長官に特許異議の申立てをすることができる。」と規定し、異議申立人の資格につき何らの制限を置いていないから、当該商標登録出願についての利害関係の有無等を問うことなくいかなる者も異議申立てをすることができることは明らかである。そして、異議申立ての理由についても特段の限定がないので、商標法一五条の定めるいかなる拒絶査定事由をも異議申立ての理由とすることができ、個人的な利益にかかわらない公益上の理由から規定された拒絶事由をもその理由とすることができると解される。

商標登録査定の審査権限は、本来審査官に専属する(商標法一四条、一五条、同法一七条で準用する特許法六〇条、六二条)。しかるに、法が、右のように、出願公告があつたときは何人も異議申立てをすることができるとし、しかもその事由も特に限定せず、異議申立人との利害関係の有無も問わないとしているのは、審査官に広く判断材料の提供を受けさせ、これを審査検討させて、登録出願について過誤のない査定を行わせようとする趣旨によるものであり、元来審査官は、異議申立ての有無にかかわらず、問題となり得るようなあらゆる点について調査検討し、適正な査定をなすべき職責を有するのである(御庁昭和三六年四月二五日第三小法廷判決・民集一五巻四号八六六ページ参照)。

そして、異議申立人は、異議申立てをすることによつて、商標登録出願に関して何らの権利ないし有利な法的利益を付与されるものではなく、単に、異議申立てに対する決定、すなわち、その申立ての理由の有無についての判断を受ける地位を有するにとどまる。このことは、異議決定は申立人に審査官の判断を単に知らせるだけの性質のものであり、これによつて何ら権利義務を形成しあるいはそれらに影響を与えるものではなく、行政処分性を有しないと解されること、二以上の異議申立てがあつた場合に、その一の申立てについて審査した結果、その出願について拒絶査定をすることとしたときは、他の異議申立てについては異議決定をすることを要しない(商標法一七条、特許法六一条)こと、異議決定書の謄本は異議申立人に対し送達するのではなく、単に送付すれば足りる(商標法一七条、特許法五八条三項)こととされていること等からして明らかである。異議申立人のこのような地位を仮に原判決のように一応「異議申立権という一種の公法上の権利」と呼ぶとしても、その実質は財産権的ないし経済的価値の裏付けをもつものでないことは明らかである。

このようにみると、異議申立制度は、もつぱら前記のような公益の実現に寄与するためのものであつて、出願にかかる商標が登録されることによつて影響を受ける私益の擁護を目的とするものでないことは明らかである。例えば、サラリーマンが、自己の個人的利益に何らかかわらない商標登録出願について、商標法四条一項七号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」であることを理由に異議申立てをするということも許されるが、このような場合申立人はもつぱら公益を擁護するために異議申立てをしているのであつて、それによつて、何ら申立人自らの利益を擁護するものではない。原判決の論理に従えば、このような場合にも、申立人が死亡したときは、異議申立人としての地位は相続人によつて承継されることとなるのであるが、このような場合の異議申立人の地位には承継の対象として考慮すべき何らの経済的、財産的価値がないことは明らかであり、その承継を認めるべき必要性は全く見出せない。

もつとも、出願に係る商標と同一又は類似の商標権を有する者等が異議申立てをする場合には、登録を阻止することによつてその者の利益が擁護されるという結果が生じ得る。しかし、それは、たまたま異議申立人が、法によつて異議申立人の資格の要件として要求されてはいないところの自己の利益を有していたことにより、その場合に限つて生じ得る事態であり、その異議申立てを契機として、審査官の査定が適正に行われた結果として反射的にもたらされる利益である。それは、公益が実現されたことに伴い、結果的に私益が守られ得る場合があるというにすぎず、そのような場合があるからといつて、異議申立制度そのものが公益擁護の見地からのみ設けられた制度でなく、私益擁護の目的をも有するものであるとすることは、異議申立制度の性質や役割を正しく理解するものではないといわなければならない。

なお、付言すれば、「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」とされている民衆訴訟(行政事件訴訟法五条)でさえ、訴訟を提起するには住民であるとか選挙人であるとかの一定の資格が必要とされている(地方自治法二四二条の二、公職選挙法二〇四条等)のに、何ら資格をも要せず、何人も提起できる異議申立ての制度が申立人の「自己の利益を擁護するためにも」設けられたものと解することは、両制度の趣旨、目的の相異を勘案しても、権衡を失する感を免れないのである(住民訴訟につき相続による訴訟の承継は認められないとした青森地裁昭和四二年六月二日決定・行裁例集一八巻一一号一四二二七ページ参照)。

三、異議手続の段階では、出願人は、いうまでもなく、商標権を有する者ではない(商標法一八条一項参照)。このような段階で、予防的にもせよ、異議申立人の私的な権利利益の救済のための制度を設けることの必要性、合理性は存在しないといわなければならない。法は、そのような権利利益については、登録無効審判制度及びそれに続く審決取消訴訟において手厚くその救済を図つているのである。すなわち、商標法四六条は商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる旨を規定し、同条一項一号ないし四号において広く無効事由を認めている。そして、右無効事由は通常の行政処分の無効事由と異なり、重大、明白を要件としていないのであつて、むしろ実質的には取消事由ともみるべき広範囲のものである。したがつて、誤つてなされた商標登録により自己の権利利益を害される者は、右登録無効審判制度を利用することによつてその救済を求めることができる。

いま試みに、無効審判制度と異議申立制度との主要な相違点を検討すると、以下のとおり、後者が権利利益の救済制度としての実質を備えていないことが明らかである。

すなわち、無効審判請求の期間が登録の日から原則として五年とされている(商標法四七条)のに対し、異議申立てについて、申立期間が商標権設定登録以前の段階である出願公告の日から二か月とされている(商標法一七条、特許法五五条一項)上、異議申立書に記載した理由又は証拠の表示の補正期間がわずかに三〇日とされている(商標法一七条、特許法五六条)のは、権利利益の救済制度におけるこの種の期間の定めとしては明らかに短いこと、無効審判請求をなし得る者の資格については、特に明文の規定は存しないが、法律上の利害関係を有する者に限つて請求をすることができると解されている(東京高裁昭和四一年九月二七日判決・行裁例集一七巻九号一一一九ページ参照)のに対し、異議申立ては前記のように何人もこれをなし得るとされていること(商標法一七条、特許法五五条一項)、審判官については忌避の申立てができる(商標法五六条、特許法一四一条)のに対し、審査官については忌避の申立てができないこと(商標法一七条、特許法四八条は審査官の除斥についてのみ定めている。)、無効審判の費用の負担については敗者負担の原則が採用されている(商標法五六条、特許法一六九条二項、民事訴訟法八九条)のに対し、異議申立ての費用の負担については申立人の負担とされ、敗者負担とされていないこと(特許法五九条は同法一六九条二項を準用していない。)、無効審判請求に係る審決に対しては提訴できる(商標法六三条)のに対し、異議決定に対しては不服の申立てができないこと(商標法一七条、特許法五八条四項)、異議申立てに係る審査が書面審査主義を採つているのに対し、無効審判の審理は口頭審理主義を採つていること(商標法一七条、特許法五九条、一四五条一項)等からすれば、登録無効審判制度はまぎれもなく権利利益の救済制度であるといい得るのに対し、異議申立制度は、十分そのような実質を有するものとはいい難いといわなければならない。異議申立制度に関する右のような諸規定は権利利益の救済制度であるとする理解とは相容れ難いものであり、異議申立制度が審査手続の一環として審査の適正に奉仕するためのものであつて、決して、それ以上のものでないことを示すものというべきである。

四、原判決が指摘するように、異議申立てについては、その理由と証拠の提示が要求されていること(特許法五五条二項)、商標登録出願人に答弁書提出の機会が与えられていること(同法五七条)、異議申立ての審査に審判における証拠調べの規定が準用されていること(同法五九条)等からすると、若干当事者主義的な色彩の手続が取り入れられているようにみえるが、これらは、異議申立人と出願人から主張及び証拠を提出させることとした方が提供された情報の適否を判断するのに便宜であり、事案の解明に役立つというところからとられているだけのものであつて、審査手続の構造そのものが基本的に職権主義的であることは、特許法五九条が準用する同法一五〇条の職権証拠調べの規定や、同じく一五一条の自白の拘束力排除の規定及び異議申立てがないときにも拒絶査定ができる(同法六二条)こと等からも疑問の余地のないところである(なお前掲最高裁昭和三六年四月二五日第三小法廷判決参照)。

そもそも異議申立制度においては、再三述べるように、異議申立人の資格に制限がなく、その理由も自己の利益と関係があることを要しない(行政事件訴訟法一〇条一項には「取消訴訟においては、自己の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。」とある。)のであるから、出願人と異議申立人が真の意味で対立当事者となることはあり得ず、右のように対立構造を予定した規定であるかのようにみえる手続規定も、結局、審査の適正を期し、過誤を排除するための技術的手段として、判断の適正を保障するための制度として最も整備されたものというべき訴訟法上の規定や原則を取り込んだものにすぎないのである。

五、ところで、異議申立人の地位の承継を認めなくとも、承継人に対して何らの不利益を与えず、また他に不都合は生じない。すなわち、異議申立人の地位といつても、前記のように、法律的には、せいぜい異議申立てに対する決定を受け得る地位というにすぎず、財産権的、経済的実質を有するものでないから、その地位の承継が認められず、したがつて、異議申立人の死亡、合併等により異議手続が決定に至らずに終了したとしても、そのことによつて承継人は何らの不利益をも受けるものではない。そして、登録査定における過誤の排除という観点からは、異議申立てがなされたこと自体によつて、その理由及び証拠に係る情報が審査官の判断資料となり、その心証形成に資することができ、適正な審査の実現という目的は十分達せられるのであるから、この点での不都合もないのである(大審院大正一四年六月一九日判決・

兼子一・染野義信編著・判例工業所有権法(第一法規出版株式会社刊行)一七三の二ページ(別添)参照)。

他方、異議手続につき承継を認めるときは、次のごとき弊害を生ずる。すなわち異議申立人が死亡したり合併したときは手続は中断し(商標法七七条、特許法二四条)、そのために審査が遅延することとなるばかりか、特許庁長官は職権により相続人(相続人が複数いる場合も多いであろう。)を探索し、相当の期間を指定して受継を命じなければならず(商標法七七条二項、特許法二三条一項)、相続人やその住所が不明のときは、その探索のために審査はいよいよ遅延せざるを得ず、かくて特許法五六条等からうかがえる審理促進の趣旨は没却される。そして、右のような場合、受継手続がとられないかぎり商標権設定登録へと手続を進めることができないことになろうから、出願人の犠牲において異議申立人の地位の保護を図る結果となり、極めて不合理である。

また、異議申立人の地位の承継を認めると、承継人は固有の異議申立人の地位のほかに承継した異議申立人の地位をもあわせて有することになる場合が少なからず生じ得るが、このような二重の異議申立人の地位を認めることは、不必要であるばかりか、両者の関係が複雑となり(例えば、一方の地位のみが更に他に承継されたような場合を想起されたい。)、実際の処理の上で混乱を生じかねない。

六、以上述べたところから明らかなように、異議申立制度は登録査定における過誤の排除という公益上の見地から認められたもので、異議申立人の地位は、各人に与えられた一身専属的なものであつて、相続、合併等包括承継の対象ともなり得ないというべきである。

したがつて本件異議手続は訴外株式会社主婦の店ダイエーが被上告人と合併したことによつて終了し、被上告人においてこれを承継する余地はないものといわなければならない。

しかるに、原判決は、異議申立制度の趣旨、目的に対する前記のような誤解に基づき、本件各異議手続受継申立てに対する各不受理処分を違法と断じたものであつて、その判断は商標法一七条で準用する特許法五五条ないし六一条及び商標法七七条二項で準用する特許法二四条の解釈を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないものと思料する。

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